さるっちの秘密 第1話
―――夢を見ていた。
その夢は、久し振りにみる、ひびきくんの夢だった。
その夢の中のひびきくんは、まだ駿平くんとは付き合ってもおらず、というよりまだ駿平くんと出会ってもいない頃のひびきくんのようだった。
女というより少女という言い方のほうがまだ相応しくて、けど、それでもほっとけなくて、ちょっとした仕草に、変にドキっとさせられたり。
『「あ、悟さんいらっしゃーい。 今日はどしたのさ?」』
『「何いってんのさ、自分んとこの馬の自慢しにきたんなら帰りなよ!」』
『「どうしたらもっと馬の気持ちが判るようになるんだろうね」』
『「ユウが、どっかいっちゃったよ」』
『「……悟さん?」』
そんな彼女に、いつ頃からだろう、『想い』というものを抱くようになったのは。
最初はほんと、妹みたいにしか思ってなかったはずなのにさ。
けど、まぁ僕がのろのろやってたせいもあるんだろう、気づいたら僕にしてみれば突然現れた久世駿平という奴に、いつのまにかひびきくんをかっさらわれてしまっていた。
悔しかったけど、それを僕は認めるしかなかった。
駿平くんの前では、ひびきくんはとてもいい笑顔で笑う。
女の顔になる。
僕のことを考えたんでは決して、そうならないだろう表情を浮かべながら、僕に駿平くんとのことを(本人は隠してたつもりだろうけど)相談してきたりする。
こんなんで、僕は一体どう抵抗したらいいっていうんだ?
選ぶのは結局、彼女なんだから。
―――けど、その夢の中では駿平くんは一度も出てこなかった。まるで全て僕に都合のいい夢だった。
恐らく現実では駿平くんにしか見せないような瞳で、僕を見つめてくれていた。
恐らく現実では、駿平くんにだってなかなか言わないような台詞を、ぽんぽんその夢の中では言ってくれた。
ひびきくんのことを諦めたといっても、全て捨てきれたわけじゃない。
まだ、そんな感情は確かに僕の中には、残っている。
夢の中で、僕はひびきくんの腕を、ちょっと強引に掴み、自分の胸元に引き寄せた。
そして、ちょっと強引かなと思うくらいに強く抱きしめて……現実には絶対あり得ない、
ひびきくんと、キスをした。
「――――っ!!」
夢の中の僕が、突然現実にどんっ! と体を突き押される。「わぁっ!?」その衝撃に、僕は目を覚まさせられた。
バタバタバタバタ……
遠ざかっていく足音。
「な、なんだぁ?」
?? 目を開いても、あたりはほぼ真っ暗で、何も見えない。足音が消えると、急に怖いくらいの静寂が包む。
体を起き上がらせる。すると同時に、ずきっ! と強烈に頭が痛んだ。―――そうだ、今日、飲みすぎたもんなぁ……。
水でも飲もうかと、僕は立ち上がろうとして……そこで、気づいた。
――――ここ、何処?
我ながら間抜けなことを思うと思うけど、そんなこといってる場合じゃない。ここは、僕の家じゃない!
家に帰ってきた覚えなんてないし、それに第一、この部屋(?)は僕の部屋じゃ、少なくともない。
慌てて手を床と思われる部分に探らせてみると、それは感触的に、畳だった。―――和室?
ここ、何処だよ。どうして僕はこんなところにいるんだ!?
真っ暗闇の中で、僕は一人慌てていた。
布団がちゃんと敷いてある、ってことは客として寝かせられてる、
ってことか?
じゃあ、さっき僕を突き倒していったのは……?
「―――あれっ、悟さん起きたの?」
さぁっ、とふすまが開くような音がして、反射的に僕がそちらを見ると、そこには、一人の女の人の姿……渡会牧場の従業員の。
「みっちゃん?」
髪を二つにまとめている純朴そうなその子は、僕の言葉に頷いた。
「うん、そう。あんなに飲んだくせに、よく起きれたね」
みっちゃんはいたって平静に言う。その言葉にここは独身寮か? と一瞬思った。けど、あの寮には畳敷きの部屋なんてなかったはずだけど…。
「途中で悟さん寝ちゃって、大変だったんだからね。後でみんなにも謝ってね」
「みんな?」
「そうよ。坂下商店の若旦那さんと、あぶみさんよ」
坂下商店の若旦那と、あぶみさん? ―――なんか僕には、話が見えてこない。それって、どういうことなんだ?
「あのさ、みっちゃん。僕全然覚えていないんだけど……まず、聞いていいかな。ここ、何処なんだい? 寮じゃ、ないよね」
「やだ! 悟さん、そんなことも知らないの!?」
ぱっ、と、みっちゃんがつけたんだろう、部屋の明かりがついて、急に明るくなる。だぼだぼのパジャマを着たみっちゃんは、部屋の中にずいずい入ってくる。
「ま、悟さん寝てたし、知らなくても当然か。―――ここね、若旦那の家なの。あたし達今日、泊めてもらったんだよ」
みっちゃんは布団の前でしゃがみこみ、僕と視線を合わせた。
「泊めてもらった!?」
「そうよぉ。そうなったのも、みんな悟さんのせいなんだからね。おかげでこっちは、散々苦労させられるわ、こんなところで泊らなくちゃいけないわ、大変だったんだから。まさか、それも覚えてないなんていわないでしょうね?」
「え。あ」
僕が思わずうろたえると、みっちゃんは冷たい視線で僕を睨みつける。―――そんなこと、殆ど覚えてないんですけど……。
でも、覚えてないなんていおうものならどうなるか判らなかったので、僕は必死で、目を覚ます前(つまり眠る前)のことを、思い出そうとした……。
ええと、確か…。
有馬記念を見事に勝ったストライクイーグルの祝勝会&渡会牧場クリスマスパーティに、毎度のことながら僕は参加するために渡会牧場独身寮に来ていた。
寮に入った途端、えらい賑やかで。まぁイーグルが優勝したんだしそれは当然か……と思ったらそれは半分しか当たってなかった。
なんと寮では、辰さん曰く「前座みたいなお祝い」、何かと思えば駿平くんとひびきくんの婚約披露パーティも兼ねてしてたんだ。
まぁいい感情は正直言って持たなかったけど、駿平くんを祝うんじゃなくてひびきくんをお祝いするためになら、いてもいいか、と思い直したとき、坂下商店が来て、シャンパン。花屋からバラの花束。誰からかと思えば、猪口繁行さん……あぶみさんの婚約者。
細かい人だね、とは思ったけど。
駿平くんにはお説教したけど、あんまりいい感じを持たなかったのも本音だった。
「ばんざーい!」「ばんざーい」「ばんざーい!」
突然の万歳三唱。
今度は何か起こった? と思えばみんなしてイーグルのビデオまだ見てるし。
誰もいじろうとしない鍋に、オイ、誰が鍋見てるんだー? 仕方ないな、僕が見てるしかないじゃないか、と僕が鍋をいじってると、ふらふらと駿平くんがまるっきりバカな笑顔で通り過ぎていった。
もしかして酔っ払ってるのか? こいつが飲む姿なんて、始めて見たな。―――っておい! 白菜もっと食べろよ! マユゲくん(仮)に嫌な目つきで見られながらも、僕が鍋をさらにいじってると。
「ひびきさん、ひびきさ〜ん」
ユルい声で、ひびきくんに語りかけ。「なにぃ?」と答えた、ひびきくんの腕をとって―――
「キチュしよー、キチュ!」
!?
我が耳を疑ったけど、駿平くんはかなり酔っ払ってるみたいで、そういう意味では本気らしかった。
「だってさっきまであんなに嫌がって……あむっ!」
無理矢理のキスだ。たづなちゃんのアイアンが決まらなけりゃどうなってたことか。
「……」
僕はその光景を、なんだか複雑な気持ちでみていた。
駿平君は酔っ払ってるし、
―――もう僕は完全に判っちゃいるけど、
それでもこんなシーンは見ていて、気持ちのいいもんじゃない。
もしかして、来るべき時じゃなかったか。
そんな思いを抱き始めた頃、梅さんたちが「河岸を変えよう」ということになり、僕も誘われたけど、僕ははっきり言って乗り気じゃなかった。
あんなシーン見せられて、いい気分でいられるか。
僕は一人で帰る気でいた。けど。
「悟さんも、行きましょうよ。ね?」
すっかりご機嫌になったあぶみさんが僕の腕を掴んで、離さなかった。―――結局、僕は帰れなくなってしまった。
えーと。それから……、
みんなで……カラオケに行って……。
いい気分で行ったわけでなし、僕は自分でもそうと判るくらい急ピッチでビールを飲んで…(ちょっと判らなくなってきてる…)…。
ああ、そうだ。そこでついさっきの花と酒を贈っただけのあぶみさんの婚約者に、なんか無性に腹を立てていたな、僕は。
「僕があぶみさんの婚約者なら、毎週通ってきますよ!」
「まぁ、嬉しい」
酒が入ってたからか、いつもなら言わない言葉を言ってたりして。ちょっと困ってるような素振りを見せる梅さんたちなんか、無視して。
だってそうだろう? こんなに素敵な女性を、放っておく男がいるか?
僕がそうなら、絶対に考えられない!
久し振りに、僕は飲みつづけた。
意識が半分無くなりそうなほど、僕は飲みつづけた。
しかし、それが駄目だった。
もともとそれほど酒に強いわけじゃないから、一気に酒は回って、カラオケの予定時間が終わる頃には、もう身動き取れなくなっていた。
「悟さん、何やってんねん。―――タクシーで帰るか?」
吐き気と頭痛と気持ち悪さで、もう僕は口さえ利けない。とりあえず、頷いたと思う。「ケンさん、タクシー呼んだって―」「おーい」
「うぷっ!!」
僕は堪えきれなくなり、そのままトイレに駆け込んだ。「悟さんっ」そんな僕を、僕ほどは飲んでいなかったあぶみさんと、みっちゃんもついてきてくれて……。
「あーあ。こりゃ少し休んでったほうがいいね。涼しい風にでもあたりながらさ、って言うかもう寒いけど」
なんとかトイレから這い出ると、みっちゃんは冷たくそう言う。
「けど僕らも今日仕事やしなぁ…あんまり遅くなりすぎるのもあれやし」
しぶる梅さんに、「じゃああたしが、ついててあげるわ」……って、……確か……あぶみさんが……。
「なんかちょっとは、思い出してくれてるみたいだね」
案外だぼだぼのパジャマが似合うみっちゃんが、にやりと僕に笑って見せた。
「あの時素直に、悟さんをタクシーに乗せてれば今ごろあたしも寮に戻れてたのにな。あたしが「休ませなきゃ」なんていったばっかりに」
みっちゃんは首を振りながら、僕を軽く睨んだ。
僕は、何もみっちゃんに言い返せなかった。
<<続きます♪>>